不健康万歳

 

ブログの最重要性・日常を攫むこと

思考整理という点でブログを書くことは非常に大切であると言える。例えば日常の中で起こる事象の数々、それらを記憶として瞬時に捕えていく。捕えていく、これには何だか一点一点を大切に見つめているといった意味合いを覚える。写真においてもそのようなことは同様に言える。写真は日常的に起こる「事象」を狙うことも一つの使命であると考え、写真を常に撮るという意識の中で自我を存命していかなければ一瞬にして死の淵にさらされる。決してこれは「珍しい事物」を撮るということではない。断片的であると感じられる写真の数々が集積され、一つの「写真群」として群れを成した時にはじめて意味を見出すことができるという理由のみなのである。

皆の生って何

 さて、本題。この頃の私は写真について何を考えているのかわからない。さっぱりわからない。暗さから前がどちらなのか判断できない洞窟に彷徨っているような感覚に陥っている。もう少しだけ広い視点で私全体を見てみると、そもそも「何故生きているのか」これすら理解できない。日常の中で私という価値を見出すことができない。何か残すために生きていく必要性が理解できない。地位を築き、その中で生きていくことが人間としての生なのか。毎日そのような上だけを見て、自我を棄ててせかせかとしている生活を「日常」と言う。これを非日常にしていきたい。それだけのために生きているとすら思える。これが「何故生きているのか」の解なのかもしれない。だからこそ、日常の中で起こる事象について思考を研ぎ澄まし、出版社別・五十音順に並べられた小説の本棚の様に整理していかなければならない。本を読みましょう。

不健康万歳を唱えていきたい

 私は「不健康」という状況に身を任せようと新年から試みた。試みた理由は前々から終わりの見えなかった卒業論文が主な要因ではある。具体的に言えば、煙草を吸い、酒を飲み、好きな食事を摂るといった欲望に負けた自分を演じることだ。また、日常生活においても写真について一体この頃の私は何を考えているのかわからず、ただただ参考になりそうな本を読んでは気持ちの下がる一方であった。どうすれば私は写真という一つの表現技法ともいえるアウトプットの場において純度の高い私を放出することができるのだろうか?どうすれば私はこの日々後ろめたく、生活の一切が否定的な感情から始まる人間であるにも関わらず、前進することができるのだろうか?
 結論から言えば「不健康」に身を投げた私は良くも悪くも「不健康」であることが、私自身の最もらしい生活、思考を導いてくれることを実感した。煙草を吸いながら読む論文や本は、どうも吸わない時よりも研ぎ澄まされていくナイフがどんどんと目の前に立ちふさがる難義な文章・思考を斬っては解釈してくれた。それはかつての自分の「もう煙草とは、おさらばだ」といった志は無駄であったことを教えてくれた。つまり不健康そのものが死ぬことを示すわけではないが、「死」をある程度実感するきっかけであることは確かだ。命を削る感覚を抱く。私自身を見出すにはこの方法が最もやさしいのかもしれない。
 また、不健康な精神に身を寄せてくれる極悪な「やさしさ」も存在する。名を出してしまえばキリがないが、ここ数日で読んだ三島由紀夫仮面の告白」は正にそのものであった。正直に言って、もっと早くこの本と出会うべきであった。それは三島由紀夫という人間に興味を持ち、その人生を知るためだけではない。仮面の告白には三島由紀夫の素性、いわゆる心苦しく現実と対面し、踠きながらも生きていく様子が見られる。三島由紀夫と私自身が相似であるとは言えないが、共通項を見つけることが仮面の告白をはじめとする作品の中に散見されるのだ。
 書籍を選ぶ時、直観的に選ぶことが多いものの背景には「偶然」で埋め尽くされているように思える。この頃の精神状況でなければ、仮面の告白のような作品は三島由紀夫という人物のおよそ二三年間の人生をなぞるだけに過ぎず、私自身とこの書籍に共感することのできないままにその内容にただ驚愕するだけだっただろう。また、仮面の告白を「何故このタイミングで読破したのか」というのも私自身を見つめると非常に面白い。これだけ三島由紀夫作品における代表作だと世間一般的には言われているにも関わらず、最初に読んだ作品は「女神」だ。勿論、女神が無ければ三島文学には興味を抱かなかったわけだから、これも偶然であると考える。何とも私は偶然に引率されているのだとこの世のあらゆるものに対して感じている。


可変していく解(一月一八日付)


 生きていることも偶然、死ぬのも突然。親より先に死ぬなという師の言葉だけを持って、私は喫茶で煙草でも吸いながらぼんやりと目の前に羅列された文章でも斬り付けていきましょう。以上。

世間一般的な「若者」によるあれこれ

 書こうと思ったときに書くことが大切で衝動的な感情、衝動的な動機といったものだけで当ブログは書いていきたいと常々思っている。そして書くことでそれを再認識し続けている。ジャンルを問わず「適当エッセー」みたいなものを続けていくことがどこの誰に観られているのかもわからないブログってやつの良いところなのです。

 

本題ですが

 私は趣味とまではいかないが偶に入る「銭湯」というものが好きだ。その多くは友人達に連れられ、露天風呂から銭湯まで、様々である。私はお湯に浸かる事はもちろん、浴場で人々が無心になって天井を見上げている姿を見ること、サウナで人々が己との対峙に励んでいる姿を見ること、自身もその内の一人であることにある種の快楽を得ているのだと思う。なんだか人間はどんな道で歩み、生きていこうと「風呂」の中では同じ生き物なのだと考えさせられる。最高だ。風呂は。 

 私はある時を境に、「サウナ」に嵌っている。いつが原点なのかは私にもわからない。しかし、あの「サウナに入った後に得られる一種のトランス状態」という他の行為では得る事のできない、快感がクセなのだ。サウナと水風呂の交互連鎖撃は正に身体を四方八方から殴りかかってくる。苦痛に耐えてこそ、見られる世界は美しい。

 そもそも、サウナの歴史とか発端とかそういったものを詳しく見ていくと非常に興味深いもので、面白い。

 サウナの起源は、2000年以上前のフィンランドのガレリア地方。食料を貯蔵したり、スモークするための小屋が、いつのまにか沐浴をする場所へと変わって行きました。そして、白夜の夏と厳しい冬の風土の中で、人々の健康に欠かせないサウナへと進化したのです。サウナが国際的に注目されたのは、1936年のベルリンオリンピックの時。フィンランドチームがサウナを持ち込んで以来、他国の参加選手達がそれぞれの国に持ち帰りドイツをはじめ多くの国々でサウナが取り入れられるようになりました。日本では、1964年の東京オリンピックの選手村にサウナが設けられたのを契期に全国に拡がりました。 

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サウナにはどんな医学的な効果があるのでしょうか。まず「疲労回復」。温熱による大量の発汗で、体内に蓄積した老廃物や疲労物質を対外に放出し、疲れやストレスを取り去ります。また、発汗を繰り返すことで皮膚や汗腺が洗われ、毛穴が開いて老廃物を取り除くなど、いわゆる「美容効果」も期待できます。さらにサウナは、毛細血管を拡張して血流をスムーズにし、新陳代謝を活発化することにより冷え症などの循環障害やリウマチ性の関節炎などにも効果を発揮します。このほかにも、「食欲増進効果」「安眠効果」「老化防止効果」などが期待できます。

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と、まあ色々と効能があり、期待がありと魅力的なサウナであるけれど、私にとってはそんなことどうでもよかった。サウナに入り水風呂に浸かる。無心になって己だけを見つめる。今にも膨れ上がっては破裂しそうになる腕の血管を見ながら「ああ、苦しい」と心の中で唱えながら限界まで蒸された空間に居続ける。水風呂もまたその後に耐えなければならない小試練的なもので、急激に冷やされる身体の内に存在する血管の収縮感と心臓の圧迫感、立ち上がる時に得られる視界のふらつき。これらに耐えられるか己を試すことだけがサウナの醍醐味であって、それだけが全てなのである。そもそも、日々削られゆくこの精神も、肉体も一時の健康法だけでは快復しないし、寧ろサウナってやつは己を見つめるために命を捧げている。それにサウナの後に食べる油分の多い飯は格段に美味しいので。こりゃだめだ。

 先日書いたグダグダなエッセーにも「遅刻は性癖」という国語科講師のぼやきを勝手に自論展開したわけだが、それを正に具現化したのはサウナで、己の意思の下で絞めた首は心地良い。ストイックであれ。

untruth-rx.hatenablog.jp

 

雑記の中の雑記・書こうとして没になった塵達

・プルームテックを手に入れた。室内無臭喫煙最高。

Amazonで続々と購入した本が届く。

・今年に入って顔面偏差値が5下がった気がする。某予備校偏差値ランキングで言えば45.5ゾーン。(自称)

・今年に入っていい感じの出会いがない。コミュニティが労働によって狭められている。結婚も恋愛も今は興味ゼロなので休日に喫茶巡りとか新規開拓フレンズが欲しい。

卒業論文が何故かゼミ内で良い感じらしい。よりによってこういうことだけがうまくいく人生。メインストーリーが進行しない。

以上。

新年不法投棄人生

 

 

過酷で過剰な労働について

 私は年末は30日まで、年始は2日からと労働をこなしている。4年連続で「正月を捨てた人間」は私のことである。というのも、「金が欲しい」という得た先に目的も見出していない、ただ欲望を満たしたかったからだ。昨年振り返ってみれば思うように金を使うことはできなかったし、好きなものや服を手に入れる自由というものは一切なかったと言える。これが生活をしていくにおいて本当に辛いなと思わされる。そりゃ何か言い訳を作って純喫茶に行ったり、本を読む事も一つの欲を満たす行為にあたるわけだけど、そうじゃなくてもっと大きな何かを金で買いたい。あの大金を一括で支払った時の鳥肌の立つ感覚を味わいたい。その一心が私の全てを動かしている。なので、新年早々に労働をしていることに対して褒めろとは言わない。金をくれ。金が欲しい。それだけのことなのだ。

過剰なカフェイン摂取について

 酒は昼間から飲めないし煙草は労働環境上、労働後でなければ吸ってはイメージが低下するといったくそったれの世界なので、縋り付くものは決まってカフェイン飲料だ。昨年12月の話になるが、卒業論の締め切りに追われモンスターエナジードリンクを大学受験ぶりに愛飲した。大学受験の頃はこのカフェイン暴力飲料を愛飲し、Tシャツをゲットしていたのだから今よりも命削って生きていたといえよう。その名残からか過酷で過剰な疲労に襲われるとどうしても何か縋り付きたくなるわけであって、その存在がカフェイン飲料であっただけなのだ。それだけのことなのだ。

 加えて珈琲というカフェイン飲料は何かとくっついてくる存在である気がしてならない。卒論。喫茶。休憩。読書。煙草。気が付けば今日は3杯、4杯というのは日常茶飯事である。どう思われようが珈琲には煙草である。Peaceがうまい。本当にもう駄目だ。

 昨年は休日の合間合間に純喫茶巡りをうまいこと動くことができなかったので、再開した。因みに「神保町ラドリオ」は昨年個人的純喫茶ランキング第一位である。ウインナーコーヒーを日本で初めて出したところでもある。店内のこじんまりとした雰囲気も可愛げがあり、街並みに溶け込んだ神保町らしい喫茶だ。それもあって今年は珈琲愛飲家を自称していきたい。今年は他の追随を許さない珈琲proになる。

 

tabelog.com

 

 過剰なprofessional意識による思考の制限について

 今後のキャリアについて深く考える昨年であったが故に、仕事におけるprofessional意識が根付いてしまったように思える。そこに「自由」は存在しないし、発想だって思うようにいかない。仕事に連結させたいがあまり、己を殺し、まったくの別人のような抜け殻の自分を演じ切る。それは果たして今後の人生を「生きる」ということなのか。思考が徐々に止まっていくように感じる。新しい景色など、そこにはない。

 

 遅刻は性癖

 まあ、色々なことを書いてみたが新年早々労働先の国語科の講師が「遅刻っていうのは性癖なんだろうねえ」と話してくれたことが忘れられない。遅刻しそうな状況に置かれた時、確かな「ヤバさ」を感じる。「遅れてしまう、怒られる」、「この電車に乗らなければ遅刻する」といったハラハラする展開にもしかすると遅刻癖のある人間は身を置いているだけなのかもしれない。遅刻とはそうやって自分の首を絞めることと同義で、手首をもう片方の手で絞めては血管が膨れ上がるあの感覚と似ているのかもしれない。開放した時のジワリと血の流れる温かな感覚。劣悪で過酷な労働環境に身を置いた人間が漸くして得られる休暇。近親感。

 

 さて、たいへん遅れましたが今年も珈琲をはじめとする様々な適当エッセーを心がけていく所存ですので、どうぞ閲覧される皆さま、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

深酒幸福論

 12月も半ばに入り、クリスマスや新年を迎えるような余裕もなく日々が過ぎていく。どうやら周囲も同じような状況らしい。皆口々に「それっぽさがない」なんて言う。

卒業論文の提出時期が10日を切ったので、それなりに加筆修正を進めているわけだけど、なんだか思うように進まない。しかしこれまでの学生生活、レポートを8割程度の完成度でいつも終えていた。卒業論文くらいはちゃんと自己満足でも構わないので終わらせて、これからの人生に「大学生活における後悔」を少しでも少ない状態で生きていきたいわけである。いつだってそういう「後悔」はふとした瞬間に何かと自分を比べるようにして起きるのだから、少ない状態なんてものは絶対にあり得ないのだけど。

 ということで近頃は卒業論文を中心に生活を営んでいるわけだが、忘年会シーズンというものは余裕がなくともやってくるわけで、前述したようなクリスマスや年末感といった雰囲気よりも同世代の若者はこちらに興味深々なのだと思う。連日のように酒を浴びるように飲むことに何も罪悪感を抱かないのは大学生活における後半2年間だけであり、もはやこの社会に放り出される手前、人生の中で最も密度の濃い休暇なのだろう。私はそんな風に毎日のように酒を飲む友人たちを観ては思っている。

 そんなことを言っても私も同じようなこの世間に存在する一人の「若者」なわけで、毎日ではないけれど酒を浴びたりする。忘年会シーズンですから、毎日ではありませんから、深酒で少しは普段口に出せない言葉を述べてもいいではありませんか。この前だって、酒を浴びるようにして記憶を知らない土地に置いてきてしまったわけで、後悔を抱いたくせに翌々日には同じように酒を違う友人と浴びていたし。許される世界であってほしい。

 とはいえ、酒を飲むことで起こる翌日の身体の倦怠感、浮腫みというものはどうにかならないのだろうか。こればかりは仕方のないことだけれども、ネックである。次の日には酒を飲んだことはなかったことにして、午前中からてきぱきとスマートな生活に戻りたい。(飲酒は少量で抑えれば良いだけの話である。)

 まあ、こんな風にだらだらと駄文を並べられる余裕こそが実は生活におけるもっとも大きな幸福であるということに、このブログを開設して思ったわけである。もっとも、このブログを開設した理由は「Twitterよりもまとまった思考整理、日常生活の記録」といったただの日記のような雑多極まりないものであった。同時に開設時期は卒業論文の執筆開始と重なっているから、資料収集の現実逃避場所でもあっただろう。

 しかし、幸福というものについて少し自論を整理したい。幸福とは各々が持つ価値観とそこから始まる日常生活の中に転がっているわけで、どこで出会うか、どこで見つけるかなんてのは自分でもわからない。私の狭く無知な価値観と、広くわけのわからない世界のそれぞれに焦点を合わせてみると「幸福」という存在はすぐに実体を変化していく。「知」を前提とした探求心は最もそれを自覚させてくれたし、知る事はこの世の中で生きていく中で常に続けていかなければならない。なんてことを漸く自分なりに理解したつもりだ。

 こういう一見他人には理解しにくいような自論を整理しながら飲む珈琲は格別に美味い。現実逃避の友はいつも理想の限界を拡張させてくれる。これも近頃の幸福の実体の一つだ。

輪廻

 

 12月に入りました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。私はと言いますと、ここに自然な私が現れているのだと自覚する日々が続いております。特に予定のない日は大学の図書館に籠もりながら誰とも口をきかず、文章と闘い、本を捲る音やタイピングの音だけを耳にする生活を送っております。しかしどうやら論文を書くという行為に対して、自我を忘れていくような、新しい自分すら覚えるような、そんな気分を抱きます。そんな日々から少しでも脱出するように珈琲を飲むことでふと我に返るわけですが、一日に三杯(それ以上の日も多い)飲んでしまい、身体中を珈琲という茶色な液体に侵食されているような感覚であります。身も心も、新しい何かに生まれ変わろうとしている。これは第二の誕生日なのかもしれない。いつものごとくくだらない前書きはここまでにしておきたい。外界からこの精神、肉体、どちらとも一定の力で殴られたりすれば自我を保てるのだろうか。

 前回に引き続き、三島由紀夫について。ここ数日、三島由紀夫「若きサムライのために」という本を読んでいる。先日鑑賞した「豊饒の海」から三島由紀夫という一人の作家について再燃し、読み漁っていることは紛れもない事実。

『若きサムライのための精神講話』(わかきサムライのためのせいしんこうわ)は、三島由紀夫の評論・随筆。初稿の旧仮名遣いでは『若きサムラヒ…』となる。

昭和元禄と呼ばれた昭和40年代前半、学生運動全共闘運動)が最高潮に達し、従来の日本的価値観が崩壊してゆく時代に、武士の男として非常時に備えるべく日常生活においての心構えなどを、芸術、政治、時事など社会の様々な角度から説いた書。三島が作家として書斎の思索者のみならず、自ら世の動乱に赴くことを急務とみなし「楯の会」を軸とした活動を行っていた中、「動中の静」ともいうべき平常心の姿勢で、若い男性読者に向けに「サムライ」の生き方の規範と指針を示した時事エッセイである。

(引用:Wikipedia

untruth-rx.hatenablog.jp

 

  文学というものは何かしらの拍子に作品・作家に出会い、興味を抱き、作品を読み進めると共に作家の背景を知ろうとする。三島について多くの人間が最初に知る事実は「三島事件*1だろう。三島事件におけるインパクトは後世、すなわち現在に「三島由紀夫」というひとりの作家を根強く遺すことに繋がった事実は間違いない。しかし、その中で「政治的」、「右翼的」思想から偏見と三島との離別をする人が多いのも確かだ。(事実、私もそのうちの一人であった。恥ずかしい話、自分自身に政治的関心が薄いこともこの時自覚した。)

 しかし三島文学は私が改めて大きな声で言う必要はない。完成された、男性的でパワフルな、読むことに体力を要する素晴らしいものである。前述した三島に対する見解とは別に私がこれまでに読んできた作家にはないものを感じた。そしてそんな私はこの「若きサムライのために」を読んでみることにした。

特にこの本においては三島の随筆ともなる作品であり、三島の経験を元に人間の持つべき、到達すべき「美」について語られているように思える。

 私はこの作品における前半部分「若きサムライのための精神講話」と早く出会うべきであった。この本には、昔(といっても1968年の話なので現実味はまだこの時代にも残っている)の話をされているにも関わらず、何だか今生きているこの世間に通じるものがある。私はこの本に屈強な精神、肉体を持つべきであるという事を自覚させられた。もうこの自分自身の衰弱した、非常に脆い精神を打破したくて仕方ないのである。少しだけ自分語りのようなことを言うとすれば、この衰弱した精神にこそ、かつての私は一つの「美」を見出していた。それは恐らく自分自身と最も手早く辿り着くことのできる、想像していた「美」の極致。か弱い肉体だけに存在する美しいと呼べるもの。それは一体、月日と共に何処へ行くものだったのだろう。今はもう、知ることもできない。

 また、三島がこの私に教えてくれた最も大きなものは「経年は肉体の価値の下落、または無価値になるということ」、「偏執」についてである。これについては「女神」を読むことで理解を深めることができる。参考までに引用。

『女神』(めがみ)は、三島由紀夫の11作目の長編小説(中編小説とみなされることもある)。理想の女性美を追い求め、自分の娘を美の化身にしようと教育する父親と、生身の女のジレンマを超えて女神へと化身する娘の物語。自然から絶対美を創造しようとする男の偏執と、その娘が日常的な愛欲に蝕まれそうになりながらも、大理石のような純粋な被造物へと転化する過程を通し、芸術家の反自然的情熱と芸術作品との関係性、芸術と人生との対比が暗喩的に描かれている。1954年(昭和29年)、雑誌『婦人朝日』8月号から翌年1955年(昭和30年)3月号に連載され、単行本は同年6月30日に文藝春秋新社より刊行された。

(引用:Wikipedia

 まあ結局のところ三島文学を読むことでしかもう生きられないのかもしれないという自覚すら抱いている。経験が浅すぎる。若すぎる。だからもっと他人の世界を覗いてみるべきだろう。だが三島由紀夫という人間の「肉体」、「精神」、「美」、それこそこの「若きサムライのために」は私にとって一つの解なのだ。こんなことを言うのも抽象的で申し訳ないくらいだが、この純粋な思想に憑りつかれてしまったことは一つ運命であると思えるくらい、シンパシーを感じている。だから三島由紀夫という作家に出会った日が私自身の人生本来の誕生日なのかもしれない。

*1:昭和45年(1970年)11月25日午前11時10分から午後0時20分ころまでの間、陸上自衛隊東部方面総監室において、楯の会会長三島由紀夫(平岡公威)、会員ら4人が益田総監を監禁し、憲法改正のため自衛隊の決起を呼びかけた事件である。本居宣長平田篤胤らの国学の影響を強く受けていた三島は、尊皇心が極めて厚く「天皇を中心とする日本の歴史、文化、伝統を守るのは国軍である」として憲法改正と国軍の創設を主張していた。自衛隊が70年安保闘争が起こった際に治安出動し、これを契機に憲法改正のため決起することを念願していたが、実際の安保闘争は警察力のみで処理されたためその時期を完全に裏切られた。三島は自衛隊決起を促す手段として自ら行動し、総監室内で割腹自殺を遂げた(享年45)。

三島が割腹して介錯された後、楯の会会員・森田必勝も割腹自殺(享年25)。残った3人の会員が逮捕・起訴され、実刑判決を受けた。

ちなみに100名余りの会員を抱えていた三島の私設団体・楯の会は、三島の遺言どおり翌年解散した。

舞台「豊饒の海」を観て・三島由紀夫という存在について

 ご無沙汰。やっぱりiPhoneから投稿するよりも、キーボードを打ってかたかたと投稿していく方が良い。単純に文字入力の早さが後者のが早いだけなのだが。まあ場面場面ということで。

 やっぱり、このブログには私自身の日常的に行っている「制作活動」については伏せていこうと思う。そのためブログに書いてある名前も「虚」へと改名した。この虚(うつろ)という名前は、Twitterで自身の思考・意見を述べるアカウントで用いている名前なので、統一した次第。あまりはてなブログに対してアクセス数や人気などを考える気にもならないので、自由にやっていこうという決意も含んでいる。

 さて、今日の本題に入りたい。先日は椎名林檎のライブに行ったわけだが、その二日後に舞台「豊饒の海」を新宿 紀伊国屋サザンシアターにて鑑賞してきた。三島由紀夫の作品ともあって、中々原作を読んでいた私からしても、感想や思考を文章にするのは難しい。鑑賞から少しばかり時間が経ってしまった。

 また、先週においては稀に起こる「芸術鑑賞ウィーク」だった。これほど時間を芸術に充てられる幸せな休暇はないだろう。

www.parco-play.com

 

 

原作「豊饒の海」について

 「豊饒の海」は三島由紀夫における最期の作品であり、長編小説だ。全四部作という非常に重厚ではあるが晩年の三島の世界観を説明するにはこの作品を推薦すれば凡そは理解されるであろう。個人的な推薦としては「憂国」、「女神」、「金閣寺」を薦めたいが、私自身も三島を完全に理解(は不可能であると思っているけれど)していないので自身で読み進め、個人としての理解の上で三島の魅力に憑りつかれるべきであろう。

豊饒の海』(ほうじょうのうみ)は、三島由紀夫の最後の長編小説。『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語で、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4巻から成る。最後に三島が目指した「世界解釈の小説」「究極の小説」である。最終巻の入稿日に三島は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した(三島事件)。

第一巻は貴族の世界を舞台にした恋愛、第二巻は右翼的青年の行動、第三巻は唯識論を突き詰めようとする初老の男性とタイ王室の官能的美女との係わり、第四巻は認識に憑かれた少年と老人の対立が描かれている。構成は、20歳で死ぬ若者が、次の巻の主人公に輪廻転生してゆくという流れとなり、仏教の唯識思想、神道の一霊四魂説、能の「シテ」「ワキ」、春夏秋冬などの東洋の伝統を踏まえた作品世界となっている。また様々な「仄めかし」が散見され、読み方によって多様な解釈可能な、謎に満ちた作品でもある。 

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 

 

 

舞台「豊饒の海」を観て

 舞台を観に行ったわけだから、舞台の話を少しだけ触れて三島由紀夫という人間についてみていきたい。紀伊国屋サザンシアターは初めて訪れた劇場であったが、やはり新宿の中心からは離れた場所。人の気配があまりない、静かで高貴な印象すら抱かせるような場所だ。

 やはり座席は映画にしろ何にしろ、中心を好む私である。この日以外よりも早く公演を観に行くこともできたが、座席を加味して舞台の後半期とも言えるこの日に観に行った。

 鑑賞前、原作を読んでいたからこその期待と、四部作をおよそ二時間半強で仕上げるという不安があった。結論として非常に完結された舞台であったと感じている。松枝清顕役の東出昌大は開始五分ほどで登場、白いシャツにサスペンダー姿がこの舞台におけるメイン衣装。いやほぼこの姿しか見なかったか。三島の想う「若さ」や「肉体」を可視化しているような東出昌大に、思わず見惚れてしまった。本田繁邦役の三方(大鶴佐助首藤康之笈田ヨシ)はそれぞれの本多繁邦を全うしていた。中でも大鶴演じる青年期の本多はそれこそ青々とした年頃の少年のような本多の一つの実体であると感じられた。そして晩年の本多を演じる笈田ヨシ氏は生前の三島との交流があったとのこと。(豊饒の海公式プログラムより)御年85歳ともなる笈田ヨシ氏。勝手ながら笈田氏を観て、「年齢」を重ねた生の厚みは三島の思想とは対照的ではあるものの、やはり一つの理想だと認識させられた。話が逸れそうなので簡潔に述べたいところだが、人生において一つの職業・役柄をどれだけ続けていられるか、これは私にとってもこの小さな一つの人生において課せられているものである。

 また、劇中の黒子の動きのしなやかさ、時に時間にまとわりつくような粘り気のある動きに心を夢中にさせられたのもこの舞台の魅力であろう。ライトアップされた正方形の小さな舞台。黒子によるシーンづくりはもはや一つの役者であり、主役でもあった。終盤における黒子の「波」を想起させられるような一連の動き。風と海。波の音といったものをシンクロナイズした彼らの動きには評価するものがあるだろう。

 舞台「豊饒の海」は、原作を読まずとも愉しめる作品となっていたことは確かだ。そして「三島の意志や最期の作品であるといった事実」を尊重して作られた脚本、演出。これらは作り手における三島愛がなければ作ることのできないものである。並大抵のものではないはずだ。そういった気迫さえ感じる事のできた舞台であった。

私自身が崇拝する三島文学について

 私自身、豊饒の海をはじめとする三島文学のファンである。その言葉の重厚感、崇高な印象すら与えられる文章に、私は惚れ惚れとした記憶を抱いたわけだ。初めて三島由紀夫の作品を読んだときにはその文章の理解しがたさから、読むことを諦めてしまった経験がある。最初からすんなりと三島を読み込めた人間がいるのかどうか、それとも私自身の教養と読書習慣の無さが要因か。ストイックに生きよう。後者だと思い、教養と習慣を付けていきたい。自責自責。他責にするな。少しばかり話がずれたが、三島作品を読む時、私は何とも正面から自分自身と対峙している感覚すら覚える。読了という一つの着地をしたとき、背中にずしりとしたものを背負っている。それだけ消耗する自身の精神的死闘を乗り越え、作品の理解を得ることができると感じている。

 三島由紀夫という人間についての研究は私よりも多くの知に富んだ人々がされているので省略しよう。私は初めて三島の世界観に触れてから、ほぼ毎日のようにYoutubeで三島へのインタビューを観ている。

 

www.youtube.com

 

 

このインタビューにおける4分30秒頃からのテーマである「死生観」。今にも通ずるものを感じる。「死が生の前提になっているという緊張した状態にはない。」という言葉にはこれまでの私自身のぼんやりとした死生観(死は自分において遠い存在、出来事でしかない)を覆された。

 三島の晩年のボディビルは虚弱体質を乗り越えようとする、一つのコンプレックスへの脱却とも受け取れるのはマニアには有名な話だろう。私自身もつい2ヶ月ほど前から筋トレなるものをはじめたが、理由は三島のそれに近い。身体の線の細さ、人間としての弱さ。これらは他者からしたらどうでもよいことなのだろうが、自分自身の精神の容れ物である以上は屈強で逞しくありたいものだ。そして何より、この経年変化する肉体。どうにかして「若さ」と「強さ」を持ち合わせていたいのである。

 他にも色々と述べていきたいところだが、これはまた別の作品を読んだ時にしよう。いつも通り、うまくまとまらないがこの辺で。

跡地

 ブログのような、ある程度文章量を必要とする内容を書くことに慣れてきたようだ。

長い文章を書くという事は何だか気力を必要とするし、それなりに固まった時間が必要だと自分は思っている。まあ、大体は何かしらのイベントや思いついたことがあるからブログにアウトプットの意味を込めて書くのだが。

 今日は昨夜の話。忘れずに記憶を文章にして、記録しておきたい。

昨夜は椎名林檎のライブに行ってきた。結論から言うと終始大興奮。何も考えられずただただ「椎名林檎」という存在を見つめていたら公演が終了していた。私の青春。必死になって追いかけ続けた日々が鮮明に思い出されては気が付いたら涙が止まらなくなっていた。長い月日をかけて、漸くご本人様をお目にかかれたのだから、そうなってしまうのも無理はない。私の人生だもの。人生は夢だらけ。

ライブについてブログでまとめる時というのは恐らく色々と正確な情報(セットリストやら、その場での出来事やら)を載せるべきなのだろうが、そんなことはどうでもいいので公演で披露された曲について述べていこうと思います。

とはいえ、まずは今回のライブの概要について。以下参照願いたい。

 

www.kronekodow.com

デビュー20年、生誕40年と、キリの良い数字が並ぶ今回の公演。僅かな椎名林檎ご本人のMCでは「こんなに続くとは思っていなかった」、「ぽつねんとしていると思っていた」との旨の発言からも20年という月日はかなり長い年月であることが伺える。私が椎名林檎と出会って6年くらい。それでもかなり密度の濃い時間を彼女から授かり、憧れては狂ったように聴いていた時期があるので長い月日を感じる。本人はどんな20年だったのだろう。

 それでは話を戻して少しずつ今回の公演で演奏された曲について書いていきたい。

 

 

 

「流行」

開演直後にスペシャルゲストとしてMummy-D氏が登場し「流行」を披露。この曲は今改めて聴いても褪せない名曲だと思っている。

www.youtube.com

 

 

「長く短い祭」

この公演はソロ曲はもちろん、途中途中に突如現れるスペシャルゲストに興奮をどんどん掻き立てられた。冷めない興奮をこれでもかと掻き立てられるのだ。中盤に現れた浮雲こと長岡亮介氏(出てくるなんて私は思ってもいなかったので正直びっくりしている)との「東京は夜七時(ピチカートファイブのカバー)」、「長く短い祭」の二曲が聴けて良かった。浮雲氏はこのさいたまスーパーアリーナという大人数を収容する場所で、自身の持つ「色気」をお披露目したわけで、何人殺したのだろうかと疑問を抱いてしまうよ。本当に椎名林檎浮雲のコラボレーションはいつも最高だと唸らせてくれる。

 

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「獣ゆく細道」

巷で話題の「椎名林檎宮本浩次」(これもまた、やるとは思わなかった)の「獣ゆく細道」は、みやじは大きな映像となり出演。この日を迎えるまでにPVを何度も観たけれど、ライブ映えが凄まじい。いつか二人が生で披露しているところを観たい。

 

www.youtube.com

 

 

「歌舞伎町の女王」

シングル2作目。青々としたかつてを想起させられる曲だと思っていたのだが、一周回って聴いたこの曲は本当に色褪せることのない名曲。中盤のメロディを口笛で吹く箇所は街中を歩きながら自分もついついやってしまう。

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終わりに・「人生は夢だらけ」

青さから滲み出るような鋭利な感情を歌詞にしたり、時に言葉遣いのきめ細かで読み入ってしまうような歌詞。20年という歳月から彼女の変遷を感じては追い続けていくことが一ファンとしての私の愉しみであると認識させられた。そして全体を通して「人生は誰のものなのか」ということを常に問い続けられた、そんな公演であった。「人生は夢だらけ」で目を覚まされ、自身の人生観について考えたオーディエンスは少なくないだろう。「獣ゆく細道」についてもそのような「誰の、何のための命(人生)」なのかを考えさせられる。私は私。誰かに飼われた存在じゃない、と何となく心の奥底に眠っている本能を目覚めさせられる曲たちである。

 

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夢のような時間だと思っていたけれど、予想以上に現実と対面したような。

でも椎名林檎という存在にどうしようもな高校生という多感な時期に出会えてよかった。やっと観に行けてよかったと心から思う。

話に終わりが見えないので、このあたりで。