20210425

立川駅10時。今日は何度目かの物件探しの日だ。思っていたよりも物件探しに時間を取られてしまった。自分の理想と現実の剥離を感じる瞬間というのは実は物件探しにあるのかもしれない。何を思い、何を必要とし、何を不要と思うのか。取捨選択の必要性と、自分の思い描く事柄が簡単に叶うはずもないのだと思う。

これから仕事の関係もあるだろうが少なくとも二年くらいはこの街に身を寄せる事になる。街並みは悪くない。元々育った環境もあるのだろう、それなりに駅から離れていても苦ではない。寧ろ近くは閑散としていて欲しい。

「これから立川近辺に住もうと思って。」というと知人からは「遠い」と言われてきた。無論、友人達が自宅に来る事はほとんどないと思う。実際、都心からは離れているし(それでも新宿に30分で着く事ができるというのは今の私からしたら好立地だ)立川で用が済むので都心に向かう事も頻繁には無さそうだ。私からすれば一つの街で生活が完結するというのは大きいし、それなりに知人とは離れた場所に住みたかったので丁度良い。あまり人を家に入れたくないというのもあるのだが..

話を戻すが、今日の物件探しで来月末からの住まいを決めた。築浅で一階である事を除けば何もかもが理想と合致していて、これ以上の物件は無いかなと思った。それに何故か家賃も交渉していないのに今日不動産屋に行ったら安くなっていた。何か訳でも・・と思っていたがそんな事もないみたいだ。好機と思って住んだ方が良いのかもしれない。

物件に何を求めるか・・と言えば築浅で家賃対敷地面積くらいなのだが、今回の物件はクローゼットも今の自室の押入れ並に大きく、服以外の雑貨も入りそうだ。カメラ機材が多い私からすれば、収納という面は物件探しにおけるおまけ程度のメリットとはならない。これも要件クリアという事でかなり嬉しい。

正直何件も観てきたけど、もうここまでくると住まなきゃわからない、みたいなところもある。不便な部分も飲み込みながら物件と共存していくしかない。きっと皆もそうなんだろう。最初だから何か緊張しているだけなはずだ。

20210418

久しぶりに何も予定のない休日。その日が終わると何かしら予定を入れても良かったのではないかと思うのだが、毎日の様に何かに追われる日々、少しくらいは足を止めても良い。

そうは言ったものの、土曜日は大雨で元々の予定がリスケジュールになった。勿論、大雨の中で遂行できる様な内容の予定ではなかったので、一日中家でゆっくりとする事にした。

いつもなら本を読んだりするのだが、どうもこの頃は身体も精神も思った様に機能しない。単に疲れているから、日々アクセルを踏みすぎなのだろうが、思う様にいかない自身を俯瞰していると、途端に気持ちが沈んでくるのである。どうにも昔からこの性格、治りもしないし改善もされなくて気がつくと自暴自棄になっている。流石に誰とも話さないで一日が終わるのはまずい気がしていたので二時間程最近知り合った異性と電話をすることにした。

何も知らない状態から探りを入れるというのはどうもお互いに擽ったい。話していると共通点は喫煙者である事、喫茶巡りが好きな事(喫煙できる店に限る)と、死生観だけだった。共通点がありすぎても後々困るので、内容は置いておいて丁度良いのかもしれない(個人的には共通の趣味嗜好は深度が異なる場合に互いの関係に歪みを生むと思っているので寧ろ無いくらいが良い様にも思える)

今、私はその人に教えた喫茶店でブログを書いている。調べれば出てくるくらいには有名な喫茶なのだろうが、わざわざ「ここが好きで」とは公には言いたくない、隠したい、そんな喫茶店。喫茶問わず好きな事柄をなるべく自分のものだけにしたいという気持ちは忘れない様にしたい。

久しぶりにラルクを聴いて外に出てみたが、昨日とは変わって快晴、ドライブ日和だ。外に出て太陽の陽を浴びるというのはヒトとして重要な事なのかもしれない、と思う。何でもない日に晴れた日は思い切って外に出る。そうすればきっと音楽やそれに乗じた自分自身がどうにかしてくれるはずだ。次に出張行く時はラルク聴いて運転しよう。

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202104

4月。生活が忙殺されていく、といった言葉がこれ程に合う時期はないと思う。

3月は突然の辞令から私自身を含む人事異動ですっかりとこの2年間で築いてきた関係がリセットされてしまった。

東京都内で営業をしているはずの3年目が、突然の地方だ。しかも担当県は私一人で持たなければならない。

慣れない特急乗車、慣れない運転、慣れない出張。全て初めてだ。

元々遠くに出るのは好きだが、仕事となればそれもまた別の話である。何もかもが時間の拘束の中で動いている。

こういう時、一人でいる時間が好きな自分ですら何だか人恋しさというか、寂しさを覚える。業務の事しか話さない日々というのは決して一人の時間だとしても心地良くはない。

予想以上に出張が過労になる事を知る。恐らく新しい環境や行動に慣れていないからなのだろうが、今週は身体の節々に疲労が蓄積されていた。

漸くして迎えた休日も、何だかんだで引っ越しをしようと物件探しに早朝から都内に向かった。出張するにあたって、なるべく特急に乗る時間だけにしていきたいから、東京の郊外だとしても近いところに住もう、と。

何だかんだで私生活すら会社の事情に支配されている、そう思うと居心地は非常に悪いのだが、東京郊外とはいえど近くに住まいを持つという事は好機なのかもしれない。地元駅とは比べ物にならない程施設も、機能も充実しているし、一人暮らしを始めたとしても困る事はないだろう。

そんな自分は今、渋谷のカフェで物件探しと作品撮りの合間にこうして駆け足でブログを書いている。とにかく思いついた事を書き留める。あまり文体がどうとか、構成がどうとか、いつもみたいに考えている暇はない。時間がある時に書けば良いのだろうが、思いついた時にそのままに書き留めるのも大切だろう。それに明日もまた編集作業が溜まってはそれに明け暮れる日々だ。若干納期が迫ってきている事を除けば、割と生活は双方で充実しているのではないだろうか。ただ、こういう時に限って身体を壊しやすいので、そろそろ丸一日何も考えない日を作らないといけないような気もする。

平日の仕事を言い訳に、休日の仕事の言い訳をしたくはない、と精神的には思っているのだが、思いの外先に述べた出張が身体に鞭を打っている。早く慣れたいし、早く一人で担当しきれる様に捌いていきたい。きっとそう思えた頃にはまた異動するのだろうが。

ただ、こうして休日は都内で仕事もできている。幸いにも異動は東京本社内の部署異動に落ち着いている。何だかんだで東京が自分の生活の中心になっている。いつからか。東京を本当に離れる時が来たとしたら、それこそが人生を考え直す時期なのだろう。

20210308

本投稿はエヴァンゲリオンに関する内容を含んでいるが、本日公開の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」に関する事柄は一切含んでいない事を先に記しておく。

昨日に続いて投稿をする意味

待ち焦がれていた本日。「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開日だ。先日も書いたので省略するが、初日初回を観るためだけに有給を取得した。

untruth-rx.hatenablog.jp

一日を終え、振り返ってみると実は有給を年間でほぼ取得しきっているのだが、どれも所用ばかりで自分の為になる様な有給ではなかった。そのせいか、今日の様な一日は「本当に、休んでも良いの?」と終日思っていた。誰かと遊ぶわけでも旅行に行くわけでもない、自分が「映画を観たいから」という理由だけ。以前、上司に「有給は権利だから取れよ」と言われた事を思い出すが、まだまだ組織の下っ端の私からすれば言い辛いものである。ただ、シンエヴァは、それをも掻き消すくらいには一番最初に観たかったのだ。

理由は一つしかない。「ネタバレ」が怖いのである。昨日、本日とTwitterのトレンドにはエヴァ錚々たるキャラクターの名前が浮上していた。どれもミュートするのも面倒、そして他人のいいねが流れてくる中で内容が少しでも見えてしまったら、と考えるとネタバレは思わぬところで遭遇してしまうだろう。先程シンエヴァを観た知人と話していたのだが、「ネタバレ食らうなら初回キメたる精神」これに尽きる。今日は貴重で充実していた有給を時間と共に記録していこうと思う。

 

AM4:00 起床。身支度。

前日にまとめた荷物を持って始発電車に乗る。7時回なので早すぎる出発といえばそれまでなのだが、パンフレットとグッズ列が心配になったので念の為始発。

AM6:00 映画館到着。

案の定混んでいる。ざっと見て先客で40人くらい。映画館が開場し、後ろを見てみるとそれ以上の長蛇の列。やはり始発で向かって正解だった。

そもそも映画館にこの時間に向かう事はこの先の人生においても滅多にないだろう。6時に開く映画館、その為に何時からスタッフは此処にいるのだろうか。と純粋に凄いなと思う。

AM7:10 映画開始。

内容省略。

AM10:00 映画終了。感想をまとめるべくスタバに向かう。

空腹もさながら、忘れない様にスタバでメモを取る。いつものホワイトモカ。平日のスタバは空いている。学生の頃は暇さえあればカフェで本を読む為に入り浸っていた。あの頃はいつも平日だった。もうその平日の感覚も忘れている。

PM1:00 横浜に向かう。スカイスパYOKOHAMAへ。

有給を良い事に空いているであろうスカイスパに。それなりに空いていた。久しぶりのアウフグース。身体に熱波を浴びせて、心地良くなる。

サウナに入った後、休憩処で久しぶりに外で酒を飲んだ。レモンサワーを15時くらいから飲み始める。平日に昼から酒を飲む事は、いつの間にか特権となり、格別な存在となっていた。小さな幸せか、錯覚か。

PM5:00 退館。帰路。

早朝から外出していた事やサウナで体力を消耗した事もあり、早々と帰宅。思いの外休憩処で飲んだ二杯のレモンサワーで酔っ払ってしまった。帰りの電車、記憶がない。ほぼ眠っていた。

PM8:00 読書、エヴァ考察。このブログを書き始める。

少しばかり本を読み始めた。1973年のピンボール村上春樹。巷で村上春樹の発言が何かと騒がれている様だが、正直どうでも良かった。好きなものは好き、変わらないし揺らぐことはない。外野がどう言おうと、一貫した気持ちで居たいし、作品に対する目線にそれを映す気もない。

 

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2021/03/09 AM0:00 宇多田ヒカル「One Last Kiss」のMV公開視聴。

思いの外、自分が映画と共にこの曲を楽しみにしていた事を感じる。ずっと15秒Teaserで聴いてきたり、予告編で1分間この曲を聴いてきた事もある。そしてエヴァンゲリオン新劇場版といえば、やはり宇多田ヒカルだ。

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 以上。

 

20210307

待ち焦がれるあまり

いよいよ明日から「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開される。これまで延期されてきたわけだけど、前回の延期は「また数年先に公開する事になるのではないか」と薄ら不安を覚えたのを覚えている。社会現象ともなったエヴァだから、公開以降映画館には人で賑わうに決まっている。コロナ事情を懸念すれば、延期になるのも頷ける。

その様な中での、二月二十六日夜。公式アプリから一件の通知。「シン・エヴァンゲリオン劇場版 公開日決定のお知らせ」。驚いた。予想以上に早い公開決定だからだ。

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早速上映映画館を探し、チケット販売日を待つ。ネタバレがどこからともなくやってくる世界になりつつあるので取り急ぎ初日初回の上映回を狙う。自分の中では取り敢えずの一回と、時間を空けた上(ある程度自分の中で今作を咀嚼し終えてから)での二回目を観ることは既に考えている。絶対にネタバレは流れてくる。気をつけたいし気をつけてほしい。

色々と今作について考察をしたり、過去作「序・破・Q」への考察をしては楽しみにしていたのだが、もはや前日ともなると「とにかく見てから考える」「今は結末や諸要素の一切を考えないでクリーンな気持ちで観る事ができれば」なんて気持ちになっている。映画を観る事は考察を出す事が目的になってはいけないので、「まずは」このシン・エヴァンゲリオンというシリーズ最終部の終わりを見届けたい。

そういえば公開日が平日なので有給を取った。同じ様な社会人は多い事だろう。初回の上映時間は朝七時。終わるのは十時頃なので、午前休で済むといえば済む。私も最初は午前休で、と思っていたが上司にたまには丸一日有休を取れと言われ、そのまま休む事にした。後に仕事が詰まるのは目に見えているが、たまには仕事を一日くらい忘れても良いだろう。

異動します

そういえば仕事で思い出したが、四月から今の部署から異動する事になった。担当地区が変わる程度といえばそれまでなのだが、今以上に開拓の難しい地区である事や、一人で担当する範囲が今まで以上に広くなるという事を考えれば非常に厳しい異動になる事は鮮明だ。会社からは「昇進できる」などと背中押しされているが、正直昇進にあまり興味がないので言葉に質量を感じられない。(相手をあまり信用していないというのもあるだろうが)

 思えば異動の季節、同時に別れの季節。学生の頃よりも人と離れる事に切なさを抱く。自分の元から何かを手離す/離れていく寂しさは思っている以上に自分の内にその存在が住み込んでいたからだろうか。二年間、良い環境で働く事ができたのは間違いない。

昔の記憶を少しずつ書き換えていく

だいぶ話が逸れてしまったが、映画公開を目前に零号機のプラモデルを組み上げた。なんとなく昔から組み立ててみたかったプラモデル。プラモデルだけではなく、誰しも幼少期にやりたかったけどできなかった事の一つはあるのではないだろうか。

とはいえプラモデルの事なんて何も知らない。今になってプラモデルの価格に驚かされる。意外と(というと失礼かもしれないが)高いし、凝ると奥が深そうな趣味だ。

作ってみて感じたがこれ以降何個も作る事はないだろう。中々時間もかかるし、単に私自身の集中力が持たない。でも少しずつパーツを組み立てていく中、できあがっていく機体には興奮を覚える。(指が痛すぎる・・・)本当はカラーリングとかも出来ればもっと迫力が増すとは思うのだが。今は組み立てる経験を得られたので非常に満足している。

 

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外箱。

 

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外箱から取り出す。パーツの細かさと複雑さ、数の多さに果たして出来上がるかと不安を覚える。

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不慣れな人間が組み立てて一時間が経過。機体の胸部分に相当する。

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二時間が経過。本体胸部・頭部、片足が完成。

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三時間が経過。先程の部位に加え、両腕、零号機(改)の装甲部も完成する。個人的には腕部分の組み立てが一番面倒だった。

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四時間経過。機体完成。機体のしなやかさと素で組んだ状態でも十分過ぎるカラーリング。評判の通りである。

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思った以上に機体が柔らかく、ポージングが決まらない。機体だけでの直立は難しいので取り敢えず膝を着かせる。



bandaihobby.hatenablog.com







 

202102

気がつけば月日は二月を終えようとしている。この頃、自分自身以外もリモート環境が整ってきた為か、在宅勤務で業務の殆どを遂行できる様になった。一日中自宅の椅子に座るだけの生活が、五日間続く。いつの間にか私の仕事終わりの過ごし方の一つに「夜散歩」が定着していた。

ただ散歩するという事であって特別何か意識している事があるかというと、そういう事でもないのだが、一応歩数だけは気にしている。健康的な生活を意識するのであれば、一日一万歩は歩いた方が良いだろう。二時間程度あればそれは到達する。

もちろん、毎日そんな事ができる(やろうと思える)かというとそうでもないので、週の大半を一万歩に到達できるように緩やかな意識の元で習慣化を試みているつもりだ。

自分自身に纏わる、ここ最近の大きなトピックといえば、延期され続けていた「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が遂に公開日を再度決定し、ファンを沸き立たせた事だ。無論私も今月は「序・破・Q」と三作を何周も観てきた。初めて見たのは父の横で見ていた破だと記憶しているが、当時は全くを持って何が良かったのかわからなかった内容も、今改めて見れば随分と考察に精が出る。父親とエヴァについて最後まで語ってみたい人生だった、なんてぼんやりと思う。ハマったものを語り合う、って事、ちゃんとしておけばよかった。

在宅勤務も続き、もはや「外に出る機会っていつなのか」と自問しては自宅にある服やアクセサリの要不要を考え込んでしまう。いや、まだそう考えるには早計かもしれないが、出かける機会が極端に減ったので思い切って断捨離をしても良いのかもしれない。良い服だけを残して、着なくなった服はそろそろちゃんとお別れしよう。

そうは言うものの、今日は仕事とは別に都内に出る機会があった。所用を終え、時間に余裕があったのでふらっと新宿伊勢丹に寄る。百貨店に並ぶ香水の数々。そういえば今使っている香水とは別に、新しいものが欲しかった事を店内に入って早々に漂う香水の匂いで思い出す。

特に香水なんて買う優先順位としてはもっと後ではないか!と自分自身に何度も言い聞かせてきた。今使っている香水も気に入っているし、不満もない。新しい香水が欲しいのは認めるが、今すぐに必要であるかというとそうでもない。ずっとそんな事を脳内に張り巡らせるのだが、テスターを試させてもらった時、一気に理性が崩壊したのである。香水に対する端的で明瞭な言語表現、店員の的確な助言、自分自身の心がその一声で揺らぐ。値段もかなり張っている。極限まで「今必要か?」と唱え続けている。でもこの匂いを今忘れたら、今逃したら二度と思い出せない様な。

気が付くと何度もテスターで匂いを比べ、特別気に入った一つを購入していた。ボトルにはサイの頭部がデザインされている。ペンハリガンのテリブルテディ。いつも新宿伊勢丹メンズ館に入るとこうなってしまう。また、買ってしまった。

これも私なのです

 

新年に入って考えている事

二度目の緊急事態宣言。もはや効力のない、ただの警鐘の様に聴こえる。

社会に対する人間のそれぞれの行動や行為については所謂「他者」であるので深く言及するつもりは毛頭ない。ただ、この状況も読めず自分がいつ社会負担へと加担するかもわからない意識のままに生活するのは違う様に感じる。ただ、あまりこういった「他者」に対して攻撃的にはなりたくないというのは常々記しておきたい。

緊急事態宣言が起こる前の都内感染者数を見て、少なからず自分自身への危機意識の再認識とこれまでの私自身のリスクヘッジの甘さを痛感している。

検査数や感染者数における「症状レベル」についてはもちろん無症状患者もカウントされているが、これだけ一日で都内感染者数が増加しているという事は、やはり一度目の緊急事態宣言解除からこれまでの様な油断した生活は難しい、という事なのではないだろうか。

 

こういう時は大抵、私自身の精神が荒んでいる時と重なるからだと既に自覚しているからである。「私はこんな状況だから家にいるのに」とか少しでも思っている時点で私自身が精神的に危ういのだ。こういう時は潔く凡ゆる社会との断絶を図るしか方法はない。

私の断絶の方法には大きくわけて次の方法がある。「読書、ゲーム、ギター」である。

読書については新書、小説、詩集と何でも進んで読めるので飽きない。作家やジャンルについてはある程度の偏りがあるのは否めないが、それでも社会との一切を断ち切る方法の一つとしては充分過ぎるだろう。

ゲームについても専ら私が嗜んでいるのは「大乱闘スマッシュブラザーズ」、通称スマブラなのだが、これは夢中になることができて良い。手取り早く社会から離れられるのは良くも悪くもゲームだな、と思う。しかし、やはり格闘ゲームのジャンルに位置する事もあって「敗北」は悔しく、「勝利」は嬉しい。そこに感情が宿るのは辛い。そうやって気が迷う時は素直にゲームをやめて他の断絶の方法に移る。

ギターは社会断絶の方法の一つであると共に私自身の今を記録するツールにもなっている。ギターを弾く、楽曲を演奏するという事は少なくとも自分自身の今好んでいる(弾きたいと思える)曲を意識しているからである。そこには自分自身の心情があるはずなのだ。

 

話は変わるが、心情というと先日読んだ本から考えさせられた事がある。

平野啓一郎著『私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)』を読んで明確に認識した事になるのだが、私にもコミュニティや趣味の数だけ、個人を細分化した「分人」と呼べる存在がいる。どこまで明確に「分人としての私」を定義付けるかは未だはっきりとはしていないが、平野氏の著書を読んで覚えたままの事を言うとすれば、好きな音楽のジャンルの数だけ分人としての「私」は存在するはずなのである。

私が日常的に主に聴くジャンルはメタルだ。しかしそれだけが音楽的な嗜好ではない。私も時としてUKロックやドリームポップ、オルタナティブな楽曲を聴いたりするし、昭和歌謡が好きで一日中メタルから離れてそれらを聴くときもある。

時々「君はメタルが好きで」と言われる。うん、確かにそうなのだがそれだけではないとも思う。ただそれは会話をしている相手に対して「メタルが好きな分人としての私」が見えているわけで「昭和歌謡が好きな私」は見えていない。

この様に、一瞬相手に決めつけの様に言われると「それは違います」と言いたくなる様な事も、「分人」という定義の元で「個人」としての私を細分化していく事ができていると、余裕を持って受け応えができるのではないかと本書から感じた。

 

開き直りの様に見えるかもしれない。だが私は次の様に考える。

相手からは「私」なんてほんの一部しか見えていないのである。ほんの一部しか見えていないから断定されるし、その元でコミュニケーションの相違が起こる。

よく対人関係で「この人とは何だか気が合わないな」と思う様な事も、「この分人としての私の見せ方はまずかったのだろうか」と一つ距離を置いて考える事で別の分人としての「私」を用意する事ができるの。いわば心の余裕を持つべきであると言う事なのだと思う。

 

コロナ禍と言われる状況になってから、他者の行動に価値観の違いを感じる事が多くなってきた。これまで親しかった友人とも「何か違うな」と思う事が多くなって距離を置く(置かれる)事もあった。

同時に他者との価値観の違いを感じる事で、私自身の価値観/「私」とは何か?と考えさせられる機会/時間が多くなった。そしてコロナ禍という他者との交流がうまくできないまま自分自身の闇の中に閉じ籠もる事が多くなる。多くの人間がネガティブマインドになるのは自明だろう。

価値観の違いは簡単に近づけられる事でもない。私はこれまで親しかった他者にも隠れている「分人的要素」があるはずだと考える事としたい。私たちは全てを曝け出して他者と関係性を持っていない。必ず他者と関わる上でこれまでに知らない「分人的要素」はいつ私の目の前に現れてもおかしくはない。それが偶然、コロナ禍と呼ばれる社会全体を大きく脅かす事象であったというだけの事だ。

 

少なくともリアルなコミュニティとの関係性を深くインターネットに持っていなくて良かったなと思う。TwitterをはじめとするSNSはリアル社会、日常との逃げ場なのだと痛感している。これもまた、インターネットにいる分人の私。今のところ構成比率は大きいかもしれない。

 

k-hirano.com

 

あとがきの様な形になってしまったが

ここまで書いてしまったので後には戻れない形になってしまった。

新年初という事もあってもう少し今年の抱負とか前向きな事を書きたかったが、二回目の緊急事態宣言と何とも言えない社会に疲弊してインターネットと上記断絶方法に甘えて社会から逃避している毎日である。

なるべく自衛をしていきたい。健全に。