跡地

 ブログのような、ある程度文章量を必要とする内容を書くことに慣れてきたようだ。

長い文章を書くという事は何だか気力を必要とするし、それなりに固まった時間が必要だと自分は思っている。まあ、大体は何かしらのイベントや思いついたことがあるからブログにアウトプットの意味を込めて書くのだが。

 今日は昨夜の話。忘れずに記憶を文章にして、記録しておきたい。

昨夜は椎名林檎のライブに行ってきた。結論から言うと終始大興奮。何も考えられずただただ「椎名林檎」という存在を見つめていたら公演が終了していた。私の青春。必死になって追いかけ続けた日々が鮮明に思い出されては気が付いたら涙が止まらなくなっていた。長い月日をかけて、漸くご本人様をお目にかかれたのだから、そうなってしまうのも無理はない。私の人生だもの。人生は夢だらけ。

ライブについてブログでまとめる時というのは恐らく色々と正確な情報(セットリストやら、その場での出来事やら)を載せるべきなのだろうが、そんなことはどうでもいいので公演で披露された曲について述べていこうと思います。

とはいえ、まずは今回のライブの概要について。以下参照願いたい。

 

www.kronekodow.com

デビュー20年、生誕40年と、キリの良い数字が並ぶ今回の公演。僅かな椎名林檎ご本人のMCでは「こんなに続くとは思っていなかった」、「ぽつねんとしていると思っていた」との旨の発言からも20年という月日はかなり長い年月であることが伺える。私が椎名林檎と出会って6年くらい。それでもかなり密度の濃い時間を彼女から授かり、憧れては狂ったように聴いていた時期があるので長い月日を感じる。本人はどんな20年だったのだろう。

 それでは話を戻して少しずつ今回の公演で演奏された曲について書いていきたい。

 

 

 

「流行」

開演直後にスペシャルゲストとしてMummy-D氏が登場し「流行」を披露。この曲は今改めて聴いても褪せない名曲だと思っている。

www.youtube.com

 

 

「長く短い祭」

この公演はソロ曲はもちろん、途中途中に突如現れるスペシャルゲストに興奮をどんどん掻き立てられた。冷めない興奮をこれでもかと掻き立てられるのだ。中盤に現れた浮雲こと長岡亮介氏(出てくるなんて私は思ってもいなかったので正直びっくりしている)との「東京は夜七時(ピチカートファイブのカバー)」、「長く短い祭」の二曲が聴けて良かった。浮雲氏はこのさいたまスーパーアリーナという大人数を収容する場所で、自身の持つ「色気」をお披露目したわけで、何人殺したのだろうかと疑問を抱いてしまうよ。本当に椎名林檎浮雲のコラボレーションはいつも最高だと唸らせてくれる。

 

www.youtube.com

 

「獣ゆく細道」

巷で話題の「椎名林檎宮本浩次」(これもまた、やるとは思わなかった)の「獣ゆく細道」は、みやじは大きな映像となり出演。この日を迎えるまでにPVを何度も観たけれど、ライブ映えが凄まじい。いつか二人が生で披露しているところを観たい。

 

www.youtube.com

 

 

「歌舞伎町の女王」

シングル2作目。青々としたかつてを想起させられる曲だと思っていたのだが、一周回って聴いたこの曲は本当に色褪せることのない名曲。中盤のメロディを口笛で吹く箇所は街中を歩きながら自分もついついやってしまう。

www.youtube.com

 

 

 

終わりに・「人生は夢だらけ」

青さから滲み出るような鋭利な感情を歌詞にしたり、時に言葉遣いのきめ細かで読み入ってしまうような歌詞。20年という歳月から彼女の変遷を感じては追い続けていくことが一ファンとしての私の愉しみであると認識させられた。そして全体を通して「人生は誰のものなのか」ということを常に問い続けられた、そんな公演であった。「人生は夢だらけ」で目を覚まされ、自身の人生観について考えたオーディエンスは少なくないだろう。「獣ゆく細道」についてもそのような「誰の、何のための命(人生)」なのかを考えさせられる。私は私。誰かに飼われた存在じゃない、と何となく心の奥底に眠っている本能を目覚めさせられる曲たちである。

 

www.youtube.com

 

 

www.kronekodow.com

 

夢のような時間だと思っていたけれど、予想以上に現実と対面したような。

でも椎名林檎という存在にどうしようもな高校生という多感な時期に出会えてよかった。やっと観に行けてよかったと心から思う。

話に終わりが見えないので、このあたりで。

 

 

きっとそこにあるものは

今日はテスト的な要素も込めて、次の予定までの移動時間で先日友人と観た江ノ島での朝焼けのことをiPhoneから投稿しています。リンクや写真、文章の見づらさは後日時間のある時に修正します。あくまでも忘備録、メモ的な意味で。

 

前々から朝焼けを観に行きたかった。ずっと行動に移すことができず燻った感情だけを抱きながら日が過ぎていたことを先日思い出したので、二日前の深夜に小中を共にした友人を誘って神奈川県の江ノ島に向かうことに。

とはいえ深夜なので朝日が昇る時間には程遠く、かといって外で冬が近づいているこの気候の中で話し込むわけにはいかなかった。失礼ながらも湘南らしいといえば湘南らしい、江ノ島東海岸から見えるカラオケボックスで日の出を待つことにした。

よく行くようなカラオケボックスの設備とは異なり、プロジェクターから映像が投影される仕組み。何とも言えないアナログさに深夜の自分は酒を飲みながら気分が高まっていたことを覚えている。

 来週は椎名林檎のライブに行くからと椎名林檎メドレー。僕が出会ったあの頃。一番好きな曲、ギブス。来週、もし目の前でこの曲が流れるとしたら人目を気にせず泣いてしまいそうな曲。

椎名林檎 - ギブス - YouTube

 

なんだかんだと21年という短い人生の中にも音楽という存在を通じて人生に変化を感じることができる。あの頃意識して聴かなかった曲も、一周も二周もした今の自分なら進んで聴くことだろう。早く出会いたかったのではなく、出会うべきタイミングが存在するのだと思う。そういうことを少しは信じてみたい。

 

カラオケボックスが5時までだったので我慢して日の出の6時まで外で待つ事になるかと思いきや、あっという間に海岸から陽の色が見えてくる。

朝陽を観て感じたことがある。それは言葉にするだけではきっと伝えることは難しく、写真を見せるだけでは全てを伝えることは難しいということだ。この二つの難しさはそれぞれが相互作用し共生しているに違いない。この投稿の最後に載せる写真には上記の言葉を前提として撮ったものだ。本当の澄んだ空気や冷たい冬の朝なんてものは自分の目や身体でなければ感じることはできないのだから。また近いうちに足を運んで確かめに行こう。

 

そして僕が思っていた通り陽が水平線を跨ごうとする瞬間を目の前にすると心の中を見透かされたような気持ちになってしまう。日常の中で忙殺されていく身が癒えていくような感覚すら覚える。

 来春から社会人として身を投じていく。だから社会人になる前に何だってやっておきたいし今ならできそうだ。

最後にこの日に一番心に残る曲を。

Mr.Children「未来」Mr.Children STADIUM TOUR 2011 SENSE -in the field- - YouTube

PVはYouTubeにないけれど、出演している綾瀬はるかが20代前半の若さをきらきらと輝かせながら女子高生を演じているシーンが秀逸。

何とも忘れられない日になりそうだ。同伴してくれた友人にも感謝。

 

f:id:untruth_rx:20181116150200j:image
f:id:untruth_rx:20181116143626j:image
f:id:untruth_rx:20181116150155j:image

 

 

 

映画「ヴェノム」を観たわけですが

 世間は早くも11月。今年はあと何ヶ月だっけ、なんてついこの前はでぼやいていたのに、もう今年ってやつは2ヶ月を切っている。何が平成最後の夏だ。平成最後の諸々は色々あったんだ。渋谷のハロウィンとか、クリスマスとか、盛大に平成最後の~と唱えたやつは全員責任持って全部やってくれ。

 卒業論文の提出も「期限」という言葉が現実味を帯びてきたようだ。現実と立ち向かうために図書館に通い始めたよ。この金土日は学祭の影響で図書館が閉まってしまうみたいだが。やる気のある時に限って体調は崩すし、図書館は開いてもいないので「前世で相当行いが悪かったか自分よ」と思ってしまう。誰か、この呪縛の様に追いかけてくる卒論という名の悪夢から解放してくれ。いつだって「期限」は僕にとって闘いであり、悪である。悪。必要、悪。まあこんなぼやきはどんな言葉で形容したって「早くやれよ、やりゃ良いんだよ」という言葉の前では歯が立たない。でも無駄な思考を繰り広げているくらいなら、映画なんか観て現実逃避しちゃおうよ。ってくらいには屑人間である。人間性の根底から腐っているので「前世」の行いは相当だったのであろう。逃げるな。腐るな。というわけで今日は午前からアクティブな一日を目指して映画鑑賞。なんたって今日は映画「VENOM(ヴェノム)」の公開初日である。

https://screenrant.com/wp-content/uploads/2018/04/Venom-Movie.jpg

 

www.venom-movie.jp

もう観てきましたよ。そりゃ。これだけ楽しみにしてたんだから、都合つけて最速で観てきましたよ。最寄りのTOHOシネマズのスケジュールを確認し、これからバイトだというのに午前中からしっかりと。

 ですから今の僕は観た直後ほやほやの状態なわけです。記憶の鮮明なうちに映画の感想はどこかに記録しておきたい。すぐにベローチェに駆け込んで今に至る。

 とはいえまだ公開初日ということもあるから、色々ネタバレ的なことは書くのはやめようかと考えていたのだが書いてしまおう。以下注意ってことで。

 まずはネタバレ要素よりも、あらすじからしっかりと抑えていきたい。

スパイダーマン最大の宿敵》X《マーベル史上屈指の最悪ヴィラン
1985年にマーベル・コミックスで初めて刊行されて以来、その凶悪極まりないルックスとキャラクターで熱狂的ファンに愛され続けるスーパーヴィランことヴェノムが、遂にそのベールを脱ぐ!

 

敏腕記者エディ・ブロック(トム・ハーディ)は、人体実験で死者をだしているという<ライフ財団>の真相を追う中、ある“最悪な”ものを発見し、接触してしまう。それは<シンビオート>と呼ばれる地球外生命体だった。

この意思を持った生命体との接触により、エディの体は寄生され、その声が聞こえるようになる。「一つになれば、俺たちはなんだってできる」とシンビオートはエディの体を蝕み、一体化し、ヴェノムとして名乗りを上げる。ヴェノムはそのグロテスクな体で容赦なく人を襲い、そして喰らう。相手を恐怖に陥れ、目玉、肺、そしてすい臓…体のどの部位も喰い尽くす。

エディは自分自身をコントロールできなくなる危機感を覚える一方、少しずつその力に魅了されていく――。

(公式サイトより引用)

 

 ここで改めて押さえておきたいことは、スパイダーマンの作中にも登場するヴィラン(悪役)のスピンオフ作品だということ。

ciatr.jp

 気になって胃腸炎の時、「スパイダーマン3」を観てヴェノムの存在を確認。今作を観る前にヴェノムの特徴を確認しておくには良いかと。

eiga.com

untruth-rx.hatenablog.jp

 さて、引用もし終えたところで本題に移りたい。僕は字幕版で鑑賞したのだが、「ヴェノム」の声が良すぎる、良すぎるよ。予告編の時点でそれについては確信していたのだが、スクリーンで聴くと尚更であった。

 序盤はこのシンビオート(ヴェノムもこの生命体のうちの一体。ヴェノムは個体名。)にはあまり触れずに進んでいく。実はこの映画、あまりストーリーに意識を集中しなくても観る事ができるのはないかと思う。ヴェノムのインパクトが強すぎて、それだけでシーンが完結してしまうからだ。映画全体の感想としては、ぶつ切りにした大きなパーツの集結といったところ。個人的にはインパクト重視の映画なので、ストーリーなんか気にせず、「エイリアンのかっこいい戦闘シーン」を観るくらいの気持ちで行くのが良いかと。

 とはいえヴェノム(シンビオート)とエディ(人間)の共生によって少しずつお互いの息があってくるところが戦闘シーン以外の見物か。ヴェノムは言葉は悪いもののエディと「負け犬」という共通項で繋がっているため、徐々に心を通わせていく。作中には他のシンビオートが出てくるわけだが、ヴェノムよりも遥かに強い。(観ている限りだとヴェノムも十二分に強いが)ストーリーとして無理矢理感が否めないが、そんな遥かに強い存在を倒してしまう「負け犬」の二人はこれからも見続けていきたい。

 これは余談であり、個人的な意見であることを前提として話をさせてほしい。人類とエイリアンの共生、所謂キメラって何歳になっても興奮するし定期的に観たくなってしまうね。序盤の人体実験はかの有名な鋼の錬金術師にも出てくる賢者の石を人体に投入してホムンクルスを生成するシーンを思い出させた。個人的には「人体」というタブー視されている、禁忌的行為を「非現実」という括っては表現する作品が好きなのかもしれない。(人体でなければ現実世界でOKということではない)禁忌とかタブーとか、気になっちゃう性なんですね。そういう意味で「VENOM」という作品は、心を擽ってくれる映画だったのかもしれない。人間と「何か」はいつか本当に共生する日が来るのだろうか。こういうことを考えるのが楽しみで仕方ない。 

 純粋な気持ちで「かっこよさ」に浸ることのできる映画「VENOM」、期待して正解であった。ぜひ大きなスクリーンで観てほしい。久しぶりに映画に興奮させられたので記録までに。

あばらの骨を一つずつ折っていこうよ

ご無沙汰。今日初めて秋物のニットを着た。漸く冬に向けて風も冷たくなってきたような気がする。夜は少し肌寒いが、日中は心地よい日もあるので何ヶ月前かより幾分か過ごしやすい日が続くようになった。...なんて感じることができるのは心に余裕があるからだろう。実は一週間前、胃腸炎になってしまった。恐らくストレスやら疲労やらから免疫が弱まっていたからだと思う。自覚のない疲労で困憊していた。

 というか胃腸炎というものは本当にしんどいものだなと。3日何も食えず、アクエリアスを肌身離さず持ち歩き、自室で自閉する日々。あれが地獄か。なによりYoutube様には大変お世話になり、過去に起きた残虐事件の再現VTRをひたすら観た。また要らん知識に心を動かされてしまった。いつかこの知識が役に立つことを切に願うよ。まあ、そんなこんなで地獄からの生還(大袈裟にもほどがある)をし、今は溜まりに溜まった作業を無心になってこなしているわけだが(これはまた別の意味でつらいが)、胃腸炎のおかげで普段の生活がどれほど幸福であるかを再認識させてくれたし、良しとしたい。それに実は人生初の胃腸炎で、「腸炎って何がつらいのよ」って軽視していたくらいなので。身をもって体感したけれど、マジきついっす。軽視してすみません。謝罪。

 快復して2日。気のせいか胃が小さくなった。食べ物が喉を通らない。精神的に「~が食べたい」という感覚はあるものの、いざ食べ物を口にしようとすると少量で腹が膨れてしまうのだ。先日から筋トレを始めたこともあり、なんとなく増量したかと思えた我が身体もなんだか小さくなってしまった。このままでは筋力が衰退してしまう。理想の肉体を手に入れなければならぬ。ずっと負けてはいられない。

 

今日は胃腸炎についての近況をどうにか誰かに話したい気分だったので、これで締めたかったが、もう一つ。最近こんな投稿をした。

www.instagram.com

 

自分にとって理想の捻じ曲がったものを「ただしさ」として誤認していた部分が、あったようだ。それをつい先日漸く理解した。

何と言おうか、忙しない日常に塗れて大切なものを見失っていたのかもしれない。自身のユートピアへの追求心が、人間をだめにするのかもしれない。胃腸炎で無心になった日々たちは、そんな感覚を研ぎ澄まし自分自身のこれから歩む道をもう一度精査するための試練であったのかもしれない。まあ胃腸炎って言葉の響き、かっこ悪いな。

砂をみつめていると

 何だかだいぶ日が空いてしまった。ブログを書くことはやっぱり体力を使う。

 簡潔に近況。10月は非常によく働いている。9月分の給料でサブ機として Canon eos 5D markⅡを買った。筋トレ継続1ヶ月突破。地味に身体の軽さを感じる。煙草を止め、酒を控えてから疲れにくくなった。卒業論文が中々捗らない。近々学内の図書館に缶詰めになる計画を試みている。11月はそれなりにイベントが多く、スケジュールの管理が大変そう。同月2日に公開する映画「ヴェノム」が観たい。あのルックス。久々に心を抉られた。

www.venom-movie.jp

観よう。観るぞ。そして来月も頑張ろう。押忍。

 

 さて、今日は学生の身分を濫用して散々に書いていきたい。正直今日の文章は、既に社会の中で生きている方々からすれば「ものすごくどうでもいい」悩み、ちっぽけな内容かもしれない。もしもこれを見ている方がいるのなら、適当に流すか、云々と頷きながらこの青々とした僕を見ていて欲しい。

夏が終わった頃くらいから、周囲の友人達が口を揃えて言うこんな使い慣れて腐り始めたこの台詞。「あと~ヶ月で学生が終わる」

僕自身もその学生を終えるうちの一人だから、そう思う。

 大学受験を終えて大学へと入学する時には感じなかった焦燥と後ろから永遠に追いかけられているような不安。でも早く学生という身分を終えたいという気持ちも実際にはその不安やらと同じくらい強い。学生はある種の自由を持ち、ある種の自由を制限されていると思う。つまるところ、「自由を選択する意思」をしっかりと持って残りの時間を生きていかなければ所有しているはずの有限である時間もただの無名なる時間として砂の様に手から流れてしまう。

 とはいえ。ここまでぼんやりと時間や事象を俯瞰して見つめることのできる時間が今後どれだけあろうか。「無駄」に時間を無名な時間として流していく感覚が、この先どのくらい感じられるだろうか。恐らく、僕が感じている「学生が終わり、社会に放り出されるまでの不安」はここにある。

だから、あんな腐って使いたくもない台詞を言っている隙があるのなら、怠惰な自分すら許して時間を無駄に過ごしてしまうのも良い。突然無計画に夜行バスを取って一人旅なんて、もうできないと思うよ。自分。

ずるずると書いていくと、全然違った話も書いてしまいそうだ。貯金主義と浪費主義とか。4年間の世間、常識に対する主観でしかないアンチテーゼだとか。自分の姿勢を矯正するためにも、何かに捉われない自由なコンテンツを使うことは必要なので、思い立ったらまた書いていこうじゃないか。

自由の淵に立ち、それを知ったまで

今日は地元のベローチェに来ている。ここは他の店舗よりも客席数が多くて行きやすい。

チェーン店の中でも価格が抑えられているのがベローチェだ。ドトールですらコーヒーショップであれば安いと感じてしまうが、ベローチェはそれ以上に安い。

それはともかく、ここ最近私がベローチェに行く理由は以下のキャンペーンのせいなのだが。

 

chatnoir-company.com

 

たった三回行けば一つもらえるという魅力に惹かれてしまったためである。かわいさは凶器だ。本当に。

 

まあ、せっかく座るのだからこうやってブログを更新したり、四月の入社を控えて資格の勉強をしたりしている。忘れずに卒論も進めなければならない。

あと半年で学生という貴重な身分が終わる。でも終わりはいつか必ず来るし、唸っているよりも残された半年をどう過ごすか考えるべきだろう。

お金をアルバイトで稼ぐのも限界がある。三月は卒業旅行の計画もある。

どうやら今までと同じように「適当」な生活はこれ以上は送れないようだ。

欲しいものは後回しにして、残りの時間をこれからは我儘に過ごせないであろう時間へと変えていこう。いや、きっとこれから先も我儘に生きていくことが私の生きていくための目標だと思うけど、うんと我儘になってやろう。

 

夜更けと様々

ようやく、生活にゆとりを実感している。一日一つ、映画をアマゾンプライムで漁って観ることが楽しみで仕方ない。昨日はバットマン。一昨日はマシニスト。その前はシン・ゴジラ。どれも忙しかった時に観たかったものだ。シン・ゴジラなんて、公開期間中に絶対に映画館で観てやろう!と思っていたのに気が付いたら終了していた。行きたいときに行けるほどのゆとりを常に持っていたい。

シン・ゴジラについての感想を観た直後に書こうかと思っていたが、この映画はやはり当時様々な見解があったようだ。試しに他の人がどんな感想を抱いているのか、ブログを漁っていると本当に興味深いものばかりだ。これも今の時代だからできる情報の共有なのだろう。

日本人のために作られた作品であることは、様々なシーンから想起できた。何とも序盤から官僚に対する隠喩とも思える台詞や表現は痛烈だ。

日本における人為災害を分かりやすく伝えるための映画というのが率直な感想。ストーリーの進行からも、災害発生→対処というシンプルな構成。だが、その中に組み込まれた熱烈なゴジラファンへの思い(これまでに築き上げられたゴジラに対するイメージを崩さない)も感じ取ることができた。そんな興味から、記念すべき第一作品となるゴジラの予告映像を観たのだが、この頃のゴジラもやはり空襲や戦争を背景とした存在。どんな時でもゴジラは国民に悲劇を訴えかける存在。時代は変われどゴジラの核は変わらずに生きていた。

とにもかくにも、観ていると「うわ、日本って本当こういうとこだよな~。」って思えるシーンが多数あるので、危機感に駆られたい方はシン・ゴジラを観てみよう。

 

マシニストクリスチャン・ベールが激やせした作品という興味本位で観たのだが、やつれた姿はもちろん、何とも終始ブラックな展開が良い。明るさなんて序盤から終盤まで、何一つない。強いて言えば唯一頼りにしていた風俗嬢とのシーンか。

嘘をつき、逃避行為に走る人間はそう少なくないだろう。逃避することは簡単であり、辿り着く先はどれも同じなのだから。ラストの潔白を意味する白色の収監シーンはそれまでを覆す色として立派であった。

 

まあ、そんなこんなで映画には夜の友としてお世話になっている。雰囲気も大切なので、家で映画鑑賞するためだけにコーヒータンブラーを買った。コーヒーはよく飲む人間だと思っているので、比較的簡単でインスタントコーヒーよりも美味しいレギュラーコーヒーを常備している。ペーパードリップだと気軽でそれなりに美味しいコーヒーを家で飲むことができるので良い。以前は僕の住む隣町の珈琲専門店が出している小分けのドリップコーヒーを好んでいたのだが、毎日飲むわけにもいかず(高価なのだ)。UCC上島珈琲はどうやらインスタントコーヒーは少々クセがあるが、レギュラーコーヒーは普通に美味しい。まあ追々は豆から挽いて生活していきたいが、豆や産地にそこまで拘りを今現在は見出していない。なので自分の経済状況を考えながら次に参入したい趣味として様子見だ。これからもUCCの珈琲、お世話になります。

www.ucc.co.jp

そういえば、はてなブログを開設してから純喫茶に何度か訪れたので、またいつか書いていこう。それが当初の目的だったような。