砂をみつめていると

 何だかだいぶ日が空いてしまった。ブログを書くことはやっぱり体力を使う。

 簡潔に近況。10月は非常によく働いている。9月分の給料でサブ機として Canon eos 5D markⅡを買った。筋トレ継続1ヶ月突破。地味に身体の軽さを感じる。煙草を止め、酒を控えてから疲れにくくなった。卒業論文が中々捗らない。近々学内の図書館に缶詰めになる計画を試みている。11月はそれなりにイベントが多く、スケジュールの管理が大変そう。同月2日に公開する映画「ヴェノム」が観たい。あのルックス。久々に心を抉られた。

www.venom-movie.jp

観よう。観るぞ。そして来月も頑張ろう。押忍。

 

 さて、今日は学生の身分を濫用して散々に書いていきたい。正直今日の文章は、既に社会の中で生きている方々からすれば「ものすごくどうでもいい」悩み、ちっぽけな内容かもしれない。もしもこれを見ている方がいるのなら、適当に流すか、云々と頷きながらこの青々とした僕を見ていて欲しい。

夏が終わった頃くらいから、周囲の友人達が口を揃えて言うこんな使い慣れて腐り始めたこの台詞。「あと~ヶ月で学生が終わる」

僕自身もその学生を終えるうちの一人だから、そう思う。

 大学受験を終えて大学へと入学する時には感じなかった焦燥と後ろから永遠に追いかけられているような不安。でも早く学生という身分を終えたいという気持ちも実際にはその不安やらと同じくらい強い。学生はある種の自由を持ち、ある種の自由を制限されていると思う。つまるところ、「自由を選択する意思」をしっかりと持って残りの時間を生きていかなければ所有しているはずの有限である時間もただの無名なる時間として砂の様に手から流れてしまう。

 とはいえ。ここまでぼんやりと時間や事象を俯瞰して見つめることのできる時間が今後どれだけあろうか。「無駄」に時間を無名な時間として流していく感覚が、この先どのくらい感じられるだろうか。恐らく、僕が感じている「学生が終わり、社会に放り出されるまでの不安」はここにある。

だから、あんな腐って使いたくもない台詞を言っている隙があるのなら、怠惰な自分すら許して時間を無駄に過ごしてしまうのも良い。突然無計画に夜行バスを取って一人旅なんて、もうできないと思うよ。自分。

ずるずると書いていくと、全然違った話も書いてしまいそうだ。貯金主義と浪費主義とか。4年間の世間、常識に対する主観でしかないアンチテーゼだとか。自分の姿勢を矯正するためにも、何かに捉われない自由なコンテンツを使うことは必要なので、思い立ったらまた書いていこうじゃないか。